お歯黒の予防効果

 前回コラムの最後にお歯黒の化学成分を記しておきましたが、今回は、この成分が歯の病気を予防する役割を果たしていたという話です。
 お歯黒の成分について再度書いておきます。お歯黒は鉄奨水(かねみず)五倍子紛(ふしこ)から構成されています。鉄奨水の主成分は酢酸第一鉄という物質で、五倍子紛は、タンニンと呼ばれる植物の渋です。タンニンはお茶やワインなどにも含まれているので、皆さんも聞いたことがあるかもしれません。
 お歯黒はこの二つを交互にまたは混ぜながら楊枝などで何度も重ね塗りします。この二つは化学反応を起こし、タンニン酸第二鉄をつくります。これが黒色なので、歯が黒く染まるわけです。
お歯黒の予防効果   まだお歯黒の風習が残っていた大正時代には、農村部では「お歯黒の女性に歯医者はいらない」と言われていました。お歯黒の歯には、むし歯や歯槽膿漏も少なく、歯の痛みも起こりにくい、と人々の間で言い伝えられていたのです。
実際、お歯黒をしていた人骨の歯には、むし歯が非常に少ないという研究発表もなされています。

 お歯黒のどういう働きが予防効果をもたらしていたのでしょうか。まず、タンニンですが、歯のタンパク質に作用してこれを凝固・収斂させ、細菌による溶解を防ぎます。
 そして、第一鉄イオンには、歯のエナメル質を形成するハイドロキシ・アパタイトを強化して耐酸性を強くする効果があります。さらに、化学反応で作られるタンニン酸第二鉄は、緻密な被膜となり歯の表面を覆い、細菌から歯を護っていました。もうひとつ、お歯黒の材料は、歯垢をよく取り除いておかないと歯に染まりにくかったので、女性たちはお歯黒をつけるまえに、楊枝で丁寧に歯垢を取り除いていました。このことも歯の健康を守ることに大きく役立っていたのです。

このような二重三重の働きの科学的根拠を、先人たちが知っていたわけではないでしょうですが、歯の病気の予防としても優れたこの習慣を、長きにわたり実践してきたことは、まさに「先人の知恵」というべきで敬服するばかりです。
「先人の知恵」は、現代の歯科の世界でもいかされていて、お歯黒の成分にヒントを得て、開発された製品もあります。